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自分らしさを発揮する

今日のアウトプット

なんか書きたいような気がしてるので、書いてみる。書こう書こうと思うと手が動かない時がある。今なんとなく時間したが、何かを出そうとすると脳が熱くなる感覚を覚えた。熱くなるというか、「さあこれからなにかするぞ」みたいなエネルギーがギュッと集まるようなイメージ。


これを出すにはやはり手を動かすしかないのかなと今のところ思う。この脳が最高に動き出す瞬間というのは自分の場合体全体の調子がいい時が多い。


緩みすぎていてもダメだし、硬くなりすぎてもダメ。


よく寝た後の爽快感が身体全体に感じる時は脳がよく働いてくれる感覚がある。


何かをやらなきゃやらなきゃと感じている時というのはたぶん体全体のエネルギーが循環していないと見ている。


かなりざっくりではあるが、結局エネルギー循環してない時は「頭だけ」で考えてしまいがちで、肝心の行動に移せない時が多い。


エネルギーを循環させるために一番必要なのは、熟睡する事だと感じている。めちゃくちゃ単純ではあるがこれが一番手っ取り早い。


逆にいうと熟睡するためにクタクタに疲れさせておくってのもわりと大事。


つまり、めっちゃ運動して、めっちゃ寝る。


この当たり前のサイクルがなくなると自分の場合は調子を崩す事が多い。


かといって、めっちゃ重労働しすぎると、逆に寝れなくなったりするので、週に1〜2くらいは運動する習慣を取り入れていき、体全体にエネルギーを回していくという意識があるといい。


カンタンにできる運動は、今のところ、鉄棒、ウォーキング、階段ダッシュくらいかなと思う。


日雇いの仕事やるだけでも体に負荷はかかるし、それだけで自分は4キロくらい体重が落ちたのであながち間違ってはいないと思う。


あまり疲れを溜め込みすぎるのはあれだが、敵だに負荷はかけておかないと体が鈍ってしまい、変なことを考え始めて謎のモヤモヤ期に突入する事が多い。なので、自分の場合は運動と睡眠がちゃんと出来てないとすぐにダメになるタイプなのだとはっきりわかった。


自分に自信を持てるようになったキッカケは中学生の頃に始めた柔道がキッカケ。


初めは全然勝てなくて、毎日クヨクヨしていたが、父親から筋トレを勧められて毎日コツコツ筋トレするようになった。ジムなんてなかったし、ダンベルもなかった。ひたすら腹筋背筋腕立てスクワットを繰り返したら、3ヶ月後くらいに胸筋がぴくぴく動くようになった。中学の頃は結果出せなかったけど、高校に入ってから「オレは強いかもそこそこ通用するかもしれない」と感じるようになった。


中学生の頃、それなりの筋力はあったが、試合では勝てなかった。


今振り返ってみるとこんな事が考えられる。
・試合慣れしてない
・筋力はあるが相手を投げる技術がない
・試合前に緊張してしまう
・試合前のウォーミングアップの仕方がわからない
・強豪校の選手に勝手にビビってしまう
・練習量が足りなかった
・柔道のコツが掴めていなかった
・組み手が下手
・技に入るタイミングがわからない


逆に高校に入って成果を出し始めた頃はこのように変化していた。


・試合慣れしていた
・自信があった
・緊張はするがウォームアップの仕方を習得していた
・強豪校の選手の実力を把握していた
・練習量は十分だった
・柔道のコツを掴んでいた
・組み手が上達していた
・技に入るタイミングを掴んでいた
・投げれる自信(確信)があった


このような変化があり、高校三年の頃には個人戦で準優勝した。


今までの人生を振り返ってみても、一つのことにこれだけ熱中できたのは柔道だけだと思うし、自分の人生の基盤を作ってくれたのも柔道だった。


柔道で鍛えた心と体のおかげでそのあとは女にもモテたし、コミュニケーション能力も上がった気がする。


わざと小さいtシャツをパツパツに着て筋肉を見せつけるようにして歩いていた気がする。笑


でも、柔道を辞めた途端ダメな自分に戻ったってのもある。


柔道をやっていた頃の自分ていうのは、自分の身体能力を発揮できる環境があった。しかし、それは高校生までの話だった。


社会人になっても、柔道を活かせる仕事がしたいと思っていた。肝心の学力がなくて、ほとんどの試験に落ちまくった。そうそう親から公務員を勧められて警察とか消防を目指していた時期があった訳ですよ。


でも、イマイチ自分のやりたい事がなんなのか分かっていなかったし、公務員になりたいとも思っていなかったし、別に試験に受からなくてもテキトーにコンビニでバイトして暮らしててもいいかなとか思ってた。


でも、唯一こんなアホな自分でも就職できる場所を見つけてひと段落した。それが自衛隊だ。
18歳のころに自衛隊に入隊してそれから10年間自衛隊の中で働いた。


入隊当初は、「自衛隊でも柔道が活かせられればいいな」と思っていた。だけど、自分が配属になった舞台は通信科というところでどちらかというとひょろっとした人が多い舞台だった。


柔道なんてやっててもあまり相手にされなかったし、むしろ柔道で身につけた筋力とか瞬発力を発揮させる事が出来なかった。


めちゃくちゃ苦手な長距離走をやってり、すきーやったり、銃剣道という訳の分からないつっつき合いをさせられて「オレはこんな事がやりたい訳じゃない…」
とストレスを感じていたことを覚えている。


高校生の頃にせっかく身につけた体力を全然関係ないことに無駄に遣わされているような感覚を覚えた。


頭がいいわけではなかったから、仕事ができるわけではなかったし、要領よく作業をすることも出来なかった。自衛隊特有の縦社会にわりと馴染んでいたかもしれないがなんとなく窮屈で生きづらいなと思うことはしばしばあった。


それでも、10年続けてきたのは先輩とか後輩とか仲のいい人たちに囲まれていたからだと思う。


まあそのあとみんなが寮を出るために早々と結婚をしていって周りに人がいなくなっていって自衛隊を辞めたんだけど、自分の場合はやはり人との関わりがないとダメになるタイプなんだとこの時なんとなく自覚した。


そのあと1人で飲み歩いたりして1人で酔い潰れて初対面の店員に仕事の愚痴を言いまくって嫌な顔されたり「こいつなんなの?」という顔で見られたことは何度もあった。笑


なんとゆうか、悲劇のヒロインみたいな心境で
「オレがこんなに辛いのは自衛隊のせいだ」
「オレの人生が上手くいかないのはオレに自衛隊を勧めた親のせいだ」
などとほんきでおもっていた。


ただ、人のせいにすればするほど周りから人がどんどんいなくなった。でもなぜかわからない。何をどうしたらいいかわからず、人と関わる機会がどんどん減っていった。


一言でいうと、寂しかった。ただそれだけだった。


友達もいなくなり、彼女もいない。


自衛隊やめたいけどやめる勇気もない。
辞めた後は自分の人生切り開いていく勇気がない。


そこでずーーーーーっとここ10年くらい分づまってる。


そうだ、オレには勇気がないのだ。


勇気がないから何も出来ないと感じて
お金も女も友達も集まらない。


究極いうとそれだけなのかもしれない。